萩原(はぎわら)宿
萩原宿本陣跡(一宮市萩原町萩原) 美濃路の町並み(一宮市萩原町萩原)
萩原商店街の西端を鍵手に右折(北)する美濃路街
道。本陣及び問屋場は少し先の東側にある
孝子佐吾平の碑(尾西市明地新田橋)
江戸時代天保年間、明石藩松平斉宣伝の参勤交代
の行列が萩原宿付近に来た際、暴れ馬を取り押さえ
ようと行列を横切った萩原宿の馬方「佐吾平」を先駆
の武士が無礼打にした。
村人は、盲目の老母によく仕え孝子の誉れが高かっ
た佐吾平の死をいたみ、この地に小祠を建て、後世
に伝えた とある



起(おこし)宿
起宿は愛知県最後の宿であるとともに大河木曽川に面した町です。木曽川を渡るには船が利用されました。また
美濃路には面していないが、織田信長と斉藤道三が初めて対面したといわれる聖徳寺跡があるなど国境特有の
史跡があります
冨田一里塚(一宮市富田)
塚は東西の一対あり、美濃路唯一の現存する一里塚
である

聖徳寺(しょうとくじ)跡
美濃路のやや西部に位置する。織田信長が舅である
斉藤道三と初めてあった場所といわれている。この場で
斉藤道三は信長の非凡さを見抜いたと伝承されている。
起宿脇本陣跡
一宮市尾西歴史民俗資料館別館として無料で公開さ
れている。この建物は濃尾大地震の後で再建された
ものです。左手に水琴穴と手入れされた庭園がある。
船橋河戸跡
江戸時代、将軍上洛や朝鮮通信使通行のような高貴な
行列に際しては、左下のように船を並べて固定した舟橋
が架設された。
船橋模型
舟橋の模型は尾西歴史民俗資料館内部にあり、説明
では大船44艘、小船230艘、橋の長さ840Mと他の
河川の3倍程度大きい規模であった
渡し場付近の美濃路
宮河戸跡と「起の大銀杏」(天然記念物)
大明神社鳥居傍の石碑と大銀杏


定渡船場
美濃路が木曽川を渡る場所は、上・中・下の三箇所あっ
た。上は、この定(じょう)渡船場で、中は大明神社前の
ため「宮河戸(みやこうど)」、下は将軍や朝鮮通信使が
通るため舟橋をかけたため「舟橋河戸」と呼ばれた。