(一宮市印田通に伝わる)


 昔、印田の原っぱに、たいそう強い狐の親分が住んどった。名前は
助五郎といってな、数え切れんほどの子分を従えて、尾張一宮のあた
り一帯を治めておった。ある日、一宮小町と呼ばれている美しい娘に
恋をした。
 「親分、名前はお絹さんと言うんですがね。それが、この原っぱを横
切る電車の運転手に、ぞっこん参っているそうで、へい。」
 助五郎親分、電車と聞いてカッと頭に血が上った。自慢のとびっきり
速い足が、近頃、電車にすっかり脅かされつつあった。
 助五郎親分は子分を従えて,勇んで一宮の町へ行ったそうな。
 「お絹さん、尾張で一番強い助五郎だ。なあ、わしの嫁さんになる気
はないかや。」
 「これは大親分さん、私は強いものも好きだけど、風のように早い電
車がもっと好きよ。」
 「お絹さん、わしの方が早いに決まっとる」
 「あらあら頼もしい。それじゃ、競争してみたらどうかしら。」
 助五郎親分は、そりゃ喜んだ。善は急げとばかり、その晩、印田の
路線脇にズラリと子分を並ばせてた。狐は人間より、いかに優れてお
るかという大演説をぶった。
 やがて、原っぱにピーと警笛が響いて電車が走ってくる。親分は、
軽く屈伸体操をして、月明かりに光る線路の上にひらりと降り立った。
 ひとっ飛び5メートル、いや10メートル、風のように走って行くかに見
えたが、電車の方が速かった。あっという間に追いつかれ、飛ぶよりも
大きくはね飛ばされたのは、言うまでもないわな。そんで、子分どもに
抱えられながら、印田の草むら深く帰って行ったそうな。
                                            
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