豊橋市で古代・中世時代の街道遺構を見学する


 令和8年(2026)7月25日、豊橋運動公園内で新アリーナ整備工事現場で発掘調査で見つかった古代・中世の東海道
跡の発掘調査現地説明会が開催された。
この情報は、令和8年7月22日付け中日新聞県内版に記事が掲載され、更に前日の24日のNHK東海版に放映されました。
最近の晴天続きで40度近い気温が予想去れる中、午前10時30分からの午前の部では200人近い参加者(受付確認)で熱気に溢れていました。
受付で、当日の説明資料(A3,両面コピー4ページ)が配布されたのですが、冷風扇の音とマイクの調子が悪く、聞きづらかった。帰り際、挨拶しながら説明内容の
確認をしたら、資料通りと教えられた。帰宅後、4ページの資料を熟読し、手持資料を確認・まとめご報告します。
参加した成果は、吉田城址付近にあった船着き場が城建設の際、取り壊しになった情報を聞いており、現存しており確認できる情報を得たことは大きな成果であった。
豊橋市文化財センターの皆さん、ありがとうございました。



     
 現地は、遠景建物の市役所の東に運動公園です。   約200名の参加者です。紫外線対策の笠は見慣れました。 
     
 説明会資料その1
「吉田城址・飽海遺跡発掘調査現地説明会」
現場の詳細図です。私のような素人には難しいですね。
  説明資料その2 
斜線の上段に「三河国府」、最下段に「火打坂」と
想定古代街道の両拠点の中間になる。古代街道、中世街道
(鎌倉街道)時代の出土品があり、街道があったと推定せれるとして
いる。
     
配布資料3の古代・中世東海道関連遺構図    上の図面の拡大図。(再掲)中央上段に「神明社」があり、入り江が見える。この神明社1付近には、現在でも川岸にりられるようスロープ状になっており、江戸材当初の地形が残っていると考えられる。の 
     
     
現場の遠景、先方の建物は豊橋市役所です。   発掘現場に表示されている「古代東海道」、「中世東海道」
<鎌倉街道>の看板 
     


私が<鎌倉街道(京鎌倉往還)>発行のため作成、使用した街道推定図(p127) 
*赤色の数字は、本で説明している番号を示す。
 



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